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タイのスラチャイです。私は、40歳のときに、日本の政府開発援助プロジェクトでスリランカに派遣され、そこで数年間を過ごしました。コロンボから500キロも離れた僻地での勤務はかなりストレスフルでした。一カ月に一度だけ3日間の連休を与えられた我々は、狂ったようにコロンボを目指しました。お目当ては、コロンボのファイブスターホテル、インターコンチネンタルホテルで毎晩開催されている、カジノ。

ここは、コロンボでもお金持ちの上流階級が集まる場所で、日本人といえども、ビーチサンダルや短パンなどの軽装では、入場を許されません。スラチャイはブラックジャックとルーレットをやりました。このカジノでは、高級スコッチウイスキーや高級ブランデーが飲み放題で、ついつい飲み過ぎることが多かったです。

ブラックジャックはディーラーの女性との一騎打ちが多かったのですが、セクシーなディーラーの胸元を眺めながら、ブランデーで盛り上がるころには、判断力も低下。勝った記憶がありません。やはり、私には、酔っぱらっていても、運だけで勝てるルーレットが向いていました。赤、黒あるいは偶数、奇数で一発勝負。 コツはノーモアベットのかけ声と同時に、掛ける場所を、掛けている位置の反対側へ移すのです。

この手で大抵勝ちました。でも、この手法は、かなりみっともないので、あまりお勧めはできません。そういうわけで、ブラックジャックとルーレットは大好きです。サイトで、カジノに出かけなくとも、ネットでカジノ遊びができるのを知り、驚かされました。
それは、ジパングカジノです。誰でも簡単に登録することができ、初回のお金を支払えば、それで、すぐに遊ぶことができます。うれしいのが初回入金に対するボーナスが100%です。ペイパルなどを利用すれば簡単に送金ができてしまいます。


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四十歳を越したばかりの時スリランカの大きな灌漑プロジェクトを担当しました。工事の着工から工事竣工まで6年間を要しました。この長きにわたりプロジェクトを完成するためにひたすら我を忘れて一生懸命に働きました。 プロジェクトはコロンボから西側へ300 km ぐらい離れたジャングルのなかにありました。マハベリ川が流れ、近くには仏陀の遺骨が納められている寺院のあるマヒアンガナがありました。

一か月に一度だけ休みがあり、マヒアンガナのジャングルを抜け出して、コロンボにお出かけして、疲れた体と心を癒しました。唯一のお楽しみがカジノ遊びです。コロンボ市内にはインターコンチネンタルホテルがあり、ホテル内で、合法でカジノ遊びができました。私はこのカジノ遊びにすっかりはまってしまいました。

人間には闘争本能というものがあります。カジノ遊びをするということは、闘争本能をむき出しにするということにほかなりません。 私が遊んだのはルーレットです。トランプを使ったブラックジャックなどもよくやりました。 いずれの場合もディーラーと一対一の駆け引きがたまらない魅力でした。インターコンチネンタルホテルのカジノには高級洋酒が飲み放題のサービスがついていました。お酒の大好きなわたしにとってそこはまるで天国でした。

あのときカジノで遊んだ経験がもととなって、日本でたくさんのオンラインカジノの原稿を書きました。どの原稿も著作権はわたしに属しています。まとめてブログにしましたので興味のある方はどうぞ読んでみてください。

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それでもやらないよりはまし

クリック課金ありのプログラムだけで1日10円くらいになります。
やらないよりはましといったところです。



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旅の終わりに

どんなに楽しい旅であっても、終りのない旅はない。
また、どんなに苦しい旅であっても、終りのない旅はない。
どんな旅であっても、終りはかならずやってくるのだ。
旅は人生の縮図であるともいえるし、
旅とは実は人生そのものだということもできる。

一昨日2011年5月1日、夜8時半にコンケン駅で列車に飛び乗った。
2等車の座席は満席だった。
しかたなくバンコク、ホアランポーン駅まで3等車の狭くて堅い座席で我慢した。
さらに、ディーゼル車の先頭車両だったので、音がものすごく、排気ガスが容赦なく目や喉(のど)を責めたてる。
列車は到着予定時刻の早朝5時より大幅に遅れて6時過ぎにホアランポーン駅に滑り込んだ。
9時間に及ぶ、拷問のようなつらい時間であった。
それでは、悪いことばかりだったのか。
答えはノーだ。
普段めったに交際できないタイ人家族と心も体も触れあう旅が楽しめた。

真向かいの体重80キロ超のおばさんは30歳くらい。
4~5歳の男の子を抱いている。
この堅い座席に座っているだけでも辛いのに子供を抱いているお母さんは柔和な表情をしている。
ときどき子供がむずかって、熟睡できないのか大声で泣きじゃぐる。
もしも白人の座席が近くにあれば間違いなくクレームをつけられるケースだ。
周囲のタイ人、全く動じない。動じているのは眠りを妨げられたスラチャイくらいのものだ。
満席状態で立ち席の人も多くいる。なんだか昔の日本の夜行列車の風景だ。

斜め前の20~30代の姉妹。なかなかの美形だ。
スラチャイが美人だなって見つめているとそれを見透かされたように笑顔を返してくる。
やがて妹のほうが眠りはじめて、姉の右肩に頭を埋めてこっくりしている。
こんなところでも美しい姉妹愛は人を感動させる。
もしもスラチャイが若くて独身だったら間違いなく話しかけているケースだ。

ずーっと向こうの席では、美しい20代の女性が大股開きでご開帳。
スラチャイが見て見ぬふりをして、そっと覗いていると、覗かれているのが分かるのか、閉じられてしまう。
こんな馬鹿なこと繰り返しているうちにも列車はひたすらバンコクを目指してがったんごっとん。
ご開帳のこの女性が突然目を覚ましてスラチャイと目があう。
赤くなって下を向いたのはスラチャイのほうであった。

横の30~40代のおばさん、スラチャイの横でやたらと姿勢をかえる。
そうでなくとも密着しているので、とても寝ていられる状態ではない。
スラチャイの左肩に頭を埋めて熟睡しているこの女性の首をしめてやろうかと思った。
こちらは一睡もしていないのだぞ!

コンケンからバンコクまでたくさんの駅に停車する。
深夜に列車が駅に到着する毎に大勢の物売りが乗り込んできて商いを行う。
次の停車駅までが勝負なので、深夜にもかかわらず大声が飛び交う。
タイの夜行列車でも三等車の車内はこの雰囲気なのでとても眠ることなどできないのだ。
売り子のなかにはまだ10代の美しいタイ娘がいたりするので、眠りかけていたスラチャイも現金なもの。
すぐに飛び起きて、飲み物や食べ物を買ってしまう。
サラパオ(中華まんじゅう)のお姉さんはまだ子供、多分14~15歳。美人だったな。
すらりと伸びた美しい姿態に圧倒されてしまった。
一瞬の静けさは、これらの売り子が列車を降りてしまって、次の売り子が乗り込むまでのわずかな時間だけなのだ。

明け方の6時半ころホアランポーン駅に到着した。
車内では乗車券のチェックがあるが駅の出口には係員さえいない。
誰でも自由に出たり入ったりできる。
3バーツ支払ってトイレを借りる。
タイでは公共トイレは有料なのだ。
電気カミソリでばりばりとひげを剃ると周囲のタイ人たちが珍しそうな顔をする。
かまわず歯を磨いて、顔を洗う。
爽快な気分が体いっぱいにあふれてくる。

ホアランポーン駅から徒歩10分で楽宮旅社、北京飯店がある。
スワニーさん元気にしているだろうか。
スワニーさんはまもなく80歳になる女性。
日本の貧乏旅行者(バックパッカー)にとって、楽宮旅社、北京飯店は聖地である。
欧米人のバックパッカーがカオサンを目指すのと好対照なのだ。
スワニーさんの料理はそのスピードが信条。いつもさっとおいしい日本料理を食べさせてくれる。
バンコクで遊びほうけてお金がなくなっては、ここで安い日本食を食べさせてもらった。
無性にスワニーさんに会いたくなった。

誘惑を断ち切って、ホアランポーン駅の地下鉄に飛び乗る。
日本大使館のあるルムピニまでわずか三つ目の駅であり、10分くらいで到着する。
早朝7時に日本大使館に到着、人影は全くない。
大使館領事部は8時半に業務開始であるが、8時には中に入れる。
8時にドアーが開くまで、チェンマイからやってきたビザ取得が目的の女性と、とりとめのない会話をする。
彼女は横須賀に行くと言っていた。

9時に在留証明申請を受け付けてもらったら、わずか30分で発行された。
大使の署名付きであるが、最近大使が人事異動で入れ替わっていた。
タイの大使は入れ替わりが激しいような印象を受ける。
これでは地に着いた大使館業務、サービスは難しいのではと思った。
大使は日本を代表する表看板なのだから。
職員はこの10年変わっていないようだ。
タイ語は流ちょうでもプライドが高すぎるような印象を受けた。(受け付けてもらった女性)

9時半に大使館の前からタクシーに飛び乗って、北バスターミナルへ。
いつもは高速道路を利用するが、運転手が今日はすいているので下を走りたいと抜かす。
何のことはない、時間をかけても走行距離を稼ぎたかっただけなのだ。
なつかしいあの道、この道、全部覚えていた。まるで昨日のことのように。
当時、バンコクの端から端までタクシーに乗っても100バーツを超すことはなかった。
北バスターミナルでメーターを見たら、137バーツとなっていたので、140バーツ支払った。
高速道路を利用すれば80バーツくらいなのだが、高速道路料金40バーツは客が支払う。
結局、時間の浪費であったが、バンコク観光をした気分にはひたれた。

10時半のバスに飛び乗って、夕方4時にはコンケンに無事戻ることができた。
コンケンのバスターミナルからローマホテルまで徒歩5分。
ローマホテルに駐車していた車に飛び乗って、団地に戻る。
まだ明るいので、娘たちは元気に外で遊んでいた。
バンコクからコンケンに戻ると空気までちがう。
安堵のため息をついたあとで、家族でローマホテルに出かけソレントレストランで食事をした。
酒を飲むので帰りはいつもタクシー。
わずか100バーツのタクシー代をけちって、事故っても情けない話だから。
私は小さな幸せを感じていた。



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ไก่จัง to be number 1 again!

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